終活の一環として ひとりごと
来年いよいよ還暦になるし、半生を振り返るようなこともあり、、
数年前の海外引っ越しで大断捨離をしてから 物の管理はまあ大丈夫な感じで
ここ数ヶ月悩むようになっているのが 家族内の人間関係というか、、
コロナの数年前に子供たちは進学で家を離れたが
時差や物理的な距離であまり連絡を取らなくなっていて
家族チャットグループで
なんとなくコミュニケーションは取れている感はあるけれど
自分の両親 祖父母にしても あまり彼らのことをよく知らないうちに
聞ける人もこの世に存在しなくなってしまい、
遺言(それもやらないといけない)と言うと大袈裟だけど
普段直接会う機会は少ないので(年に数回)
伝えておきたいことを思いついた時に伝えておかないと という気になり
3人宛てに長文メールを送った。
(メールはホント便利だ 昔は手紙だったからなあ)
母が60前後くらいだったか
「この年になるといろいろと変化がある あなたもそれがわかるようになる」
みたいなことを呟いていたのを思い出す
母が亡くなった時 私は51か
自分が年寄りとは思っていなかったが
年寄りになってきて、
母が生きていたら 話したい 聞いて欲しいことが多々あるのになあ
最近は淡々と孤独だと感じることがあるが
悲壮感はなく 事実としてしょうがないな という感じ
こうやって 長男がたまにやってきてくれるのがボーナスのようで💛
私の車と共によく消えてるけど 笑
ちゃんと私とも時間を作ってくれるから 親孝行してくれてありがたいね
(娘たちは多忙+クール←冷たいという意味じゃない)
長女は早速ナイス/ポジティブ/理解ある返信を送ってくれて
次女はどう思ったか不明
長男はまだ読んでない と言っていた。
でもまあいいか
フィードバックがなくても
求めなくても
携帯がまた 容量を92%使ってる 増やせ という広告が入る
ここで容量を増やしてしまうと あっという間にそれもいっぱいになりそうで、
増やさず 消去することにする。
保存しておきたい動画は動画サイトにアップして、
写真はいずれフォトアルバムを作ろう
多過ぎると見るのも億劫になってしまうので セレクトして
自分が管理できる量は少なくなり
できないなら要らない
キープしておきたい欲も薄れてきて
残すよりも 共有できる時に共有していき
思い出に変えていく方がいいかな。。
その日は弟の命日だった

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