インド最終日 1
大体3週間くらい経つと どこにいても 「充分な滞在になったなあ」
帰りたい気分にもなってくるけど
今回はそれを通過し だらだらさらに1週間いて
先週末2泊でアグラ(タージマハルがある)に出かけ
その「ハイライト」の為に滞在が長引いたのだ
このホテルに戻ってきた時 同じではないが同じつくりの部屋なので
ああ帰ってきた ちょっとただいま気分 になったこともあったかもしれない
夫に「このホテルに来ると 帰ってきた気分 になる?」
「なるねw」
ここは彼にとってセカンドハウスなのか
セカンドよりファーストになっているのかもねえ。。
時が過ぎるのが なんだかさみしい気がしてしょうがない。。
時が過ぎていくのが嬉しいことは 孫の成長だけかなあ
私はふと 老けたなあ まあ実質お婆さんだからしょうがないか
とよく思うこの頃
また1人暮らしになるのが寂しいのか
プランツしかない部屋に戻るのが寂しいのか
ここ数年は 自分の生活が落ち着いて(住む家 「ベース」が決まり)
好きなことやりたいこと中心の生活をやってきているが
環境は激変して
望むものが全て手に入ることはない実感は大きい
望まないのに 変化していくことを 自分ではどうしようもできない無力感
もあるのかも
自分で選択する できることもあるが
その選択が合っているのか 間違っていたかもしれないのか
自信がなくなるような時もあったり、
自分の感覚に近い しっくりくることを言うユーチューバーがいたとして
でもずっと聞いていると それは自分との 対話 ではないし
やっぱりなんかチガウし
違うのは当然なのだけど
だからまた違うソースで
他人の話を聞いてみる 読んでみる そういう心の栄養になるようなことが必要で
身体の方も
動かないとつい くよくよしてきちゃうようなことはあるから
動かないといけないし
なんだか寂しい気持ちがするのは
物理的に 自分だけが みんなから遠いところにいる
別世界にいるような気になるからなのか
インドもまた極端に 別世界 だからなあ
まあでもこんな感じで 自分の人生も過ぎていくのだろうなあと思う。。
目先の楽しみを楽しみにして
楽しみがある のはありがたいことで🙏
関西人感覚(?)の ”オモロい” からやってみようか
そういう気持ちを原動力にしてやっていく みたいな
今 あるもの 持っているもの を大事にしていって
それも形あるものは変化し やがて消えていくものだけど
母は60代になるとまた違う気持ちになる
みたいなことを言っていたのを思い出すが
どんな気持ちになっていたのか
対話 ができないのは寂しいねえ。。
寂しさに沈んでも その反動で嬉しさが増すようなことはあるから
まあなんとか
やっぱりインドにいるのは 強烈に インパクト大な体験となる
ナマステ🙏😌
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